おっさん介護士頑張るの巻

2017年8月22日 | からロケンローラー介護士 | ファイル: 介護士ツラいです.

おっさん介護士頑張るの巻

介護歴8年、35歳です。これは介護を始めて5年程経った頃「介護を辞めたい」と感じたエピソードです。
その頃の私は特養で勤務し役職も就いて毎日忙しく仕事をしていました。現場業務と書類業務の両方をこなし、早く出勤し遅く帰ることがほとんどでした。

残業が非常に多かったですがボランティア残業であり残った分の手当てなどは全くありません。

現場業務では認知症や重度の寝たきりの方の介護を、書類ではサービスの質を上げるよう施設、法人全体での取り組みや会議での案など提案していました。
中間管理職といった立場上、勤務も他の職員が何かあれば嫌とは言わずに優先的に交代し土日や祝日などほぼ関係ないといった日々です。

当時は「これが当たり前、会社に必要なことなんだ」と思いつらいと感じている暇はなかったのですが・・・。
そんな時、年末に入り高校の同級生での忘年会がありました。高校は介護とは関係なく建築業、営業、工場など色々な所で働いている友人達です。

家族を持ちなかなか会えず、数年ぶりといった集まりでした。和気あいあいと話していたのですが、ふとそれぞれの今の仕事の話が出ました。

その時に自分と他の業界とのギャップに強くショックを受けました。

給料はもちろんでしたがボーナスは倍近くの差がある人もいました。残業は皆あり「大変だ」と愚痴をこぼしていましたが、残業手当が出るのは当然として話していました夜勤手当も工場などでは私の倍以上の金額でした。集まった友人達は今日(12月29日~)正月明けまで休みだと言うことで家族で遊びに行ったり実家に泊まるなどの話しで盛り上がっていました。

私は勤務を何とか調整してもらい忘年会当日夕方~のみ時間を空けてもらい翌日は早番で早朝出勤という勤務でした。年末年始も公休は合わせて二日あるのみであとは全て仕事でした。有給も友人達は取っているとのことですが私は一日ももらったことがありませんでした。

人員が少ない為、どうしても勤務はこうなってしまうのですが。
忘年会中、私も途中までは本当の実情を話していましたが、途中からはあまりに皆とかけ離れていた為、空しい気持ちが大きくなり自然と話すのをやめていました。

終了後、一人で夜空を見ながら、なぜ同じ年齢なのにこうも生活や収入が違うのだろう、自分を何をやっているのだろう、介護業界はこういうものだということはわかっているはずなのに・・・とグルグルと考えつらい、悲しいといった感情になりそれが辞めたいといった強い思いに変わっていきました。

家庭を持ちやりがいだけでは生きていけない、将来設計のことも真剣に考えないといけない、このままで良いのか、転職した方が良いのではないか、など一度思うと仕事のモチベーションにも影響し抜け出す答えを見つけるまでに相当時間を要したことを覚えています。

介護の勉強はしたつもりで認知症高齢者との関わりでもメンタルは強いのですが、この忘年会での出来事は本当にショックな出来事でした。

その後、自分なりに見つけた答えとは資格取得(介護支援専門員、社会福祉士など)で福祉業界でのスキルアップ、職の幅を広げるということで今ではケアマネージャーもとりました。つらい体験でしたが、それをバネにさらに努力、成果を掴める結果になったと思っています。


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